方向性

金曜日、ボスからお話を聞く機会がありました。
弁護士としての心構え等をお話しいただきました。

その中で、私が修習中から引っかかっていた、弁護士が
利益を追求することについてどう考えるか、一つの視点
を提示してもらえたように思います。
弁護士は、一つの職業であって弁護士業務から報酬を
得てそれを生活の糧にする人間にとっては生活の手段
ですから、きちんと利益を確保しなくてはいけません。
弁護士報酬をいただくということです。
一方で、報酬をたくさんいただこうとする場合に、
弁護士の社会的責任や公的性格と矛盾する可能性を
生じることもあります。
たとえば、裁判で相手方と徹底的に争ってほしいという
依頼人の希望について、それに従えば時間と手間が
かかって、その分弁護士報酬は増えるかもしれませんが、
勝てるかどうかわからないし時間と手間を考えて少し
妥協した上で和解した方が依頼人にとって結局は良い、
というような場合です。
弁護士の公的性格からすれば、依頼人に最善の解決を
提供するのが使命ですから、依頼人を説得して妥協の
うえの和解をするよう導くべきだと思います。しかし、
そんな説得はせずに依頼人の希望に従って弁護士報酬
を和解より多めにもらう、という選択もあり得ます。
徹底的に争ってほしいという依頼人の希望が強ければ、
徹底的に争うことこそ依頼人にとっての最善の解決
かもしれませんが。
状況はケースバイケースなので、上記以外の条件に
よって弁護士としての判断も変わってくるとは思い
ますが、利益追求と公的性格が相反する場面はかなり
あるのかなと思っています。
そういうときに、私は何を基準にどのように判断して
業務を遂行すればいいのでしょうか。

どんな仕事にも、社会的な使命があり、存在意義が
あります。どの仕事も、社会に、利用者に、消費者に、
何らかの幸せを提供しています。弁護士は、紛争の
当事者になってしまった人に、解決の糸口を提供し、
紛争からくる精神的肉体的な負担を和らげるという
使命があります。
どんな仕事にもそんな使命があり、その使命から
導かれる倫理があります。その使命を果たすために
その仕事に従事する者として守るべきルール、ある
べき姿、期待される考え方、というのがあると思い
ます。
利益追求と公的性格のバランスは、この倫理から
導かれるという発想が、私にはしっくりきました。
この仕事でこんなに報酬をいただいていいのかな、
依頼人の意思に反しない範囲で、どの選択肢を
とればいいのかな、報酬をたくさんもらえる方向に
しようかな、報酬はもらえなくても自分がいいと
思う選択がいいのかな、という迷いが生じたときに、
弁護士としての使命はなんだろう、その依頼人に
対して、自分が弁護士としてするべきことは
何だろう、自分は倫理に反しない選択ができている
のだろうか、という発想で決断すればよいのでは
ないかということです。

同じ金曜日、銀行勤務時代の最初の上司に弁護士資格
取得のお祝いをしていただきました。
今は別会社の役員になっておられます。

銀行業務の話になった時に、その方はこんなことを
言っておられました。
銀行は、営利企業だから、利益を追求しなくては
ならない。きちんと利益を確保することが株主等に
対する責任だ。
一方で、銀行には、金融の中核にあって企業に貸出
をして企業経営を支え、日本経済の発展に寄与する
という使命がある。
利益追求のために、営業としてのノルマを達成する、
これは最低限クリアすべき課題だ。しかし、ノルマ
を大幅に超えて、銀行内のライバルたちに差をつけて
出世を早めるとか銀行内の名声を得るとか、そんな
ことは無意味だ。ノルマは達成したらそれでよい、
あとは日本経済を支える、顧客企業との良好な信頼
関係を構築する、そういうひょっとしたら利益には
結びつかないかもしれないが銀行の使命であり存在
意義であり、仕事のやりがいにもつながる行動こそ
するべきだ。
私は、銀行勤務時代、銀行経営が厳しかったことも
あって、銀行の営利企業的な側面が強くなりすぎ、
社会的な存在意義や使命を忘れているかのような
振る舞いに違和感を感じ、銀行を退職しました。
当時の私の感覚では、社会的使命を意識し、自覚し、
銀行業務に取り組んでいる先輩は、ほとんど
いなかった、あるいはそんな先輩にはほとんど
出会えなかった。そういう意味で、金曜日にお会い
した当時の上司は、私がとっても尊敬する方で、
10年近くたっても変わらないその方の考え方に
再び大きく感銘を受けました。

今のボスと昔の上司、このおふた方の話、考え方は
共通しているように感じます。仕事人としての仕事
の方向性、ポリシー、信念だと思います。
そして、昔そういう方の下で仕事をした、今そういう
方の下で仕事をしていることの素晴らしさ、この
恵まれた環境に感謝します。

依頼人と同じ立場で

今日は、夕方、弁護士会の研修に参加しました。
労働法案件についてです。
この分野で経験豊かな弁護士に講義をしていただく
形式でした。

私は、ロースクールで労働法を一通り勉強したものの、
きちんと身についたというには程遠く、ロースクール
の期末試験終了とともに記憶は薄れています。
今日の研修については、話を聞きながら徐々に労働法
全体のイメージを思い出していくという感じでした。

私はもう弁護士ですから、相談に来る方は、私が
トラブルの解決方法を知っているものと思っている
と思います。しかし、法律はたくさんあって、その
すべてについて、相談を聞いてすぐに問題点に気づき
解決策を思いつくというほど、いろんな法律に精通
しているわけではありません。

この数週間、数少ない弁護士業務を経験した中でも、
自分の仕事の流れとしては、依頼人が事件を持ち込む、
資料を見て依頼人の話を聞いただけでは何が問題で
どういう解決策があるのかよくわからない、依頼人が
きちんと調べていて問題点を提示してくれる、関係
法令や判例について調べなんとか解決策を示す、
という感じになっています。
あくまでも依頼人主導であり、依頼人の問題意識に
対してちょこっと法律調査するという程度の仕事
しかできていません。

経験を積めば、すぐに問題点がわかってパッと解決
できる事件も増えてくるかもしれませんが、知らない
法律の方が圧倒的に多いわけで、事件も毎回違うわけ
ですから、基本的には依頼人主導で問題意識が提示
されるという構図はかわらないのかもしれない。
そんな弁護士に、特別な付加価値はあるのだろうか。

そんな疑問と言うか、恐怖感を抱きながら、研修を
終えました。
自分の専門分野を見つけて特化していけば、依頼人
より詳しくなり、弁護士主導の問題解決が可能に
なるのかもしれません。
特化してもしなくても、そういう弁護士になりたい。
まずは、依頼人よりも事件に対して優位に立ち、
知識と経験で困っている依頼人をやさしく包んで
あげられるようになりたい。

そのためには、勉強すること。

そして何よりも、依頼人の立場になって切実に困る、
迷う、そういう気持ちを疑似体験し、真剣に考える
こと。

上司に意見をする

弁護士事務所においては,弁護士は全員資格保持者なので,
弁護士どうしで民間企業のような指揮命令系統はないのかな
と個人的には考えています。しかし,事実上,経験のある
弁護士が,経験のない弁護士にあれこれ指示するというのは,
一般的にあることなんじゃないかと思います。
弁護士事務所に入った新人弁護士は,先輩弁護士の仕事の
一部について下請けをしたり,一緒に受任して先輩弁護士の
指示をあおいだり,という形で力をつけていきます。
その過程で,先輩弁護士が新人弁護士に指示出しをする
というのが一般的だと思います。

そういう意味では,弁護士間にも,上下関係があると思います。
私の事務所では,複数の弁護士がチームを組んで仕事をする
ので,どの仕事をするにも,たいてい上下関係があります。
新人弁護士は,自分の顧客をすぐに獲得できませんので,
先輩弁護士から指示された仕事をこなすことが必要で,
そのためには先輩弁護士がお客様のようにもなっており,
あまり先輩弁護士と摩擦が多いというのは好ましくないとも
思います。

仕事を進めるうえで重要なポイントについては,先輩弁護士
と意見が違えば,きちんと意見交換して議論をたたかわせ,
どちらがより適切かについて,突っ込んだ検討が必要だと
思います。
しかし,重要とは言えない些末なところや,文章の好みなどで,
意見が違う場合,皆さんはどうしているのでしょうか。

私は,銀行勤務時代,上司と見解が異なる場合には,たいてい
黙って上司に従っていました。納得いかないという表情は隠せて
いないかったかもしれませんが,少なくとも仕事は上司の意向に
合わせて進めていたと思います。
そうすると,自分の意見が通らないので,ストレスがあります。
特に私は,性格的に,自分の意見を通したいタイプなので,
相当ストレスがたまります。それがよく妻への愚痴になります。
また,仕事のモチベーション低下にもつながります。だから,
私の場合は誰と仕事をするかがとても大切だったのかも
しれません。

今も,銀行勤務時代の身のこなし,お作法がしみついていて,
先輩弁護士と意見の食い違いや違和感があっても,自分から
すすんでそれを伝えることはありません。おそらく先輩弁護士
も自分の意見には自信があるはずで,私が意見を述べても
平行線で終わるだろう,そうすると経験の差から言って先輩の
意見が通るはずで,私が意見を述べてかかった時間が無駄に
なる可能性が高い,ならば最初から自分の意見は表明せず,
先輩弁護士の意見を理解するように努める方が賢明だし,
仕事もスムーズではないかと思ってきました。

しかし,先輩弁護士との上下関係は,民間企業の場合の
指揮命令系統とは異なり,事実上のものという側面が強いと
考えるなら,経験の差だけで必ず先輩弁護士の意見が通る
ということもないのかもしれないとも思います。少なくとも,
修習期間中にお会いした方々は,皆さん修習生という見習い
の言うことをよく聞いてくれ,対等の立場で議論に付き合って
くれていました。
弁護士の仕事は知的な作業も多く,知的な作業においては
いろんな考え方を持ち寄って議論することが重要かなと
思います。

そんなことを考えてみると,自分の意見は積極的に述べる
べきなのかもしれません。弁護士資格を有する者として,
自分の意見には一定の説得力があるはずだと信じて。
仮に私の意見表明が,スムーズな仕事の流れを遮断し,
必要以上の時間と体力を消費させてしまうことになるのかも
しれませんが,事務所全体という組織で考えれば,そういう
消費が新しい風を呼び込み,事務所に刺激と活力を与える
ということなのかもしれません。

また,自分の仕事へのモチベーションという意味でも,
自分の意見を表明せずに押し殺していては,仕事が
つまらなくなります。そういう状況は決して好ましくない。
私は自分を押し殺したり,言いたいことを我慢していても,
全然平気というような,できた人間ではないので,どこかで
自分の意見を言いたくなって,事務所外で愚痴を言う
ようになってはおもしろくありません。

結果がどう転ぶにせよ,意見を積極的に述べることは,
自分が主体的にその仕事に取り組んでいることの表明
でもあります。意見を持っているかどうかにかかわらず,
何も表明しなければ,仕事について積極的に関与している
ように見えないでしょう。そういう仕事の仕方は損だと
思ったりもします。

というわけで,先輩弁護士との関係でも,自分にとっては
先が見えている議論でも,積極的に意見表明していこう,
という風に今は考えます。
実際に私が予想したような結論になるかどうかもわかり
ませんし。

そんなことを,自分の仕事ぶりについて妻と話していた
時に,妻がアドバイスしてくれました。

初めての法律相談

弁護士として初めて,依頼人の法律相談に臨みました。
もちろん,先輩の弁護士と一緒にです。
何度も相談に来ていただいている依頼人なので,
基本的な信頼関係はできている様子でした。

弁護士バッジは付けたほうがいいのか,相談内容を
あとで記録に残すのは一番下っ端である自分の役目の
はずだからきちんと内容をメモしなくてはとか,
直前に送付された資料ではどんなアドバイスをすれば
よいのか難しいとか,いろんな思いが交錯しながら,
約束の時間になりました。

銀行員の時に,自分一人で顧客と面談することは日常的
にあったので,慣れているはずでしたが,弁護士としては
何の経験も実績もなく,そんな私に依頼人は弁護士として
の発言を期待するはずで,それに応えられないという
大きな不安を抱えつつ,法律相談に臨みました。

名刺交換でアタフタし,緊張で体全体が熱くなるのを感じ
ながら,必死に依頼人の話をメモし,事実を理解しようと
努めました。

依頼人は企業だったので,徐々に銀行員として営業で
会社訪問をしていたときのことを思い出し,自分が冷静に
なってきたのがわかりました。

依頼人は,困った状況を打開するために,こうやりたいと
思っていることがあるのですが,そのやりたいことが法的
に支障ないかという相談でした。
法的支障を判断するのに必要な情報が,質疑応答の中で
パラパラと小出しに出てくるので,状況の全体像を把握
するのが大変だったように思います。
法的支障を判断するといっても,いろんな法律について,
いろんな側面からの検討が必要なので,弁護士として
理解しておくべき知っておくべき判断の基礎事情は多く,
それを事前準備ができない中で的確にピックアップして
いくのは,とても難しいと感じました。
法的リスクを見据えて結論はこうだろう,と思うことは
あるものの,それが法的根拠をもって確かだといえるのか,
については正確な事実の把握が欠かせません。しかし,
どの点に法的リスクがありそうかということ自体も,依頼人
の話の中で感じ取らなければならず,どうしても法律相談
が手探りな感じになってしまいます。
そのため,なんだかもどかしい。
時間がかかるので,疲れが出てきて考えるのがしんどく
なってくることもあります。

やっぱり,法律相談にあたっては,できるだけ事前に
情報を集め,あらかじめ法的問題点を確認しておくことが
とても重要だと思いました。
依頼人の立場からすれば,問題が起きてすぐに相談に
来られるわけで,事前に状況を整理して弁護士に伝える
というのは相当難しいとは思いますが。
また,弁護士としては,法的問題点を見抜く力,洞察力,
事件がどう動くかを予測する力,企業が社会が人間が
この後どう動くかを予測できる経験則の積み重ねが,
法律相談においては極めて重要だと感じます。

そして,急な相談に対応するときにものを言うのは,
受験で勉強してきた憲法や民法,民事訴訟法などの
基本的法律のそもそもの趣旨や考え方なのかなと
思います。
すべての法律に詳しくなるということはできないわけで,
急に知らない法分野が出てきたときに,その法律がどの
ような考え方を前提に制度構築しているかは,基本的
法律の趣旨や考え方から推測する,法的常識はこんな
感じだろうみたいに考えることができる,ということが
とても強みになるからです。

英語力

私の勤務先事務所には,アメリカ人の弁護士が複数います。
事務所の仕事には英語のものも多く,所内の弁護士には
英語力が求められるため,アメリカ人弁護士が週一回,
英語の判例勉強会を開催してくれています。
先日そこに初めて参加してきました。

英語で書かれたA4数枚の判例紹介および論評について,
アメリカ人弁護士がソクラテスメソッドで日本人弁護士と
議論を進めていく形式です。
講師の問いに生徒が答える,問い答え問い答えという順番で
議論が進み,その過程で全員が何度も発言を求められる
という形式です。
すべて英語です。

私は,大学受験時に英語を勉強した経験があり,銀行員の
ときには留学を目指してTOEICの点数をあげる努力をした
こともあったので,英語の読み書きについてはある程度
できると自分では思っていました。英語を聞くということも,
洋画を観ていてそこそこわかるので,まったく意味が
わからないことはないかなと思ってました。しかし,英語を
話すという点については,経験もなく,自信もありません。
自分が話そうとする英語は不正確だし,発音も変だという
感覚が先行してしまい,口に出すのがためらわれてしまう
というのが常です。
英語を話すのは苦手です。苦手の原因はおそらく自分の
英語を話すことに対するコンプレックス,考え方にあると
思ってます。

私が国際的な事件を多く取り扱う事務所に就職したのは,
できる人が多くない仕事であって希少価値があるのでは
ないかということ,自分の可能性に挑戦していきたいこと,
が主な動機です。
この自分の可能性の中に,英語でコミュニケーションを
とることへのコンプレックス克服,が含まれています。
それが私の次なる目標であり,超えるべき壁です。

英語の判例勉強会に参加して,私は英語での発言を
求められたものの,英語では一言も発することはでき
ませんでした。何か言わなくてはと思いつつ,うつむいて
発言を回避してしまいました。
なとまぁ情けない。
悔しい体験です。
しかし,事務所入所までに自分の英語力を鍛える努力を
きちんと積み重ねたというわけではなく,自分には英語力
を伸ばすよちはあると思っています。英語で話ができない
のは,完全に自分の力不足であって,勉強会で発言
できないのは,完全な敗北です。誰のせいにもできません。

勉強会が終わってみて,私がすがすがしい気持ちに
なっていました。自分がコンプレックスを克服して,また
一皮むけるためのチャンスがこの事務所にはちゃんと
あるとわかったからです。勉強会参加者は皆真剣に
取り組んでいるし,講師側も親切丁寧です。この勉強会
で研鑽を積めば,必ずや自分の英語力は向上する,
そんな期待が持てるし具体的イメージも持てました。
自分の努力を後押しし,サポートしてくれる環境が
整っていると感じたのです。
あとは自分が一生懸命努力するだけです。
それがわかり,道が定まった,目の前が開けたようで,
気持ちがすっきりしました。

英語,がんばります。
プロフィール

Author:ma+ya
1977年大阪生まれの東京育ち。
私立の中高一貫校、国立大学を経て、都銀に就職。
24才で素敵な女性と出会い、26才で結婚、27才で長男誕生。
退職後、ロースクールを卒業して司法試験に合格、司法修習生を経て弁護士になりました。
司法修習中に二男も誕生。
成長した将来の我が子へのメッセージとして、日々のあれこれを
綴ってます。

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